日本にいると感じるのは、日本は物流システムが異常ほど早く正確だということ。そのためオンラインショッピングがとても便利に感じます。送料も無料あるいは安く、翌日配達は当たり前、都市部では当日配達も可能です。その便利さに慣れるとついつい必要なものを思いついては頼み、毎日のように宅配便が来ているという人もいるのかもしれません。
カナダの田舎では地理的な問題はもちろん、そもそも配達員もお気楽仕事なものだから、例えばオンラインストアで注文すれば早くても1週間くらいはかかります。だからよほど特別の買い物でない限り使いません。
もし日本のように速ければみんな利用するのか
でも遅いから利用しないだけであって、もし日本のように速ければみんな利用するのだろうか?
僕の周りでは、あえてオンラインショッピングは使わないという人が結構います。
配達が速いか遅いかという問題ではなく、自分たちが住む街の小さな商店から買うようにしているのです。もちろん皆オンラインストアのことは知っているし、ほとんどの場合Amazonで買う方が安いということも知っています。
それでも、自分個人のちょっとした損得(例えばあるプリンタをAmazonで$80で買うか、ダウンタウンの小さな文具屋で$120で買うか)ということよりも、街を大切にしようという意識があるようです。
もちろん、その差額があまりに大きければ安い方を選ばざるをえない場面もあるでしょう。「商店街を応援したいけど、価格に差がありすぎる」と困った顔をして話す友人もいます。
差額の大きさによる判断はやはりその時々で判断するにしても、やはりこういった意識が自然にあるということこそが、街のコミュニティが健全であり続ける理由であり、カナダの人の幸福度に繋がっているのかなと僕は感じています。
似たようなことで、こんなエピソードもあります。
それはどこから運ばれてくるの?
親しい友人がAppleのラップトップを買うにあたり、どれを選べばよいかの相談を受けて一緒に選びました。
僕は彼女の利用スタイルを聞いて、おすすめカスタマイズプランを立てました。更にアカデミック割引を利用する条件に当てはまっていたので、直営オンラインストアでオーダーする、結構お得な購入計画が出来上がりました。
僕がオンラインストアで注文する方法を説明すると、彼女はこう聞きました。
「それはどこから運ばれてくるの?」
Appleのオーダー注文品は上海から直送されるので僕は「上海だったかな?」と答えました。(ほんとに上海かどうかは詳しい人に聞かないと分からないけど…少なくともカナダ国内生産ではない。)
すると彼女はこう言いました。
「だったらこの街のショップで今売られているモデルでいいわ。」
「私の為だけに飛行機の貨物を1つ増やす必要はないし、既に生産されてこの街に運ばれてしまったものがあるなら、私はそこから買うべきね。」
そして彼女はカスタマイズとアカデミック割引を利用せず、街のショップにあった在庫製品を購入しました。
もちろん、彼女も僕も知っています。自分1人が航空貨物を減らす選択をしたからといって、そこには別の荷物が乗るだけの話。飛行機が1機飛ばない訳ではないし、燃料が節約されるわけでもないこと。世界は何も変わらないこと。
でも、僕にとっては、彼女の考え方とその迷いない判断はあまりに印象的でした。
ここでの暮らしでは、こんなことが毎日のようにあります。日本でならナチュラル系雑誌のインタビューの見出しに使われるような名言めいた言葉が、周りの人から当たり前のように発せられます。
共通するのは、誰もが呼吸をするように自然に、常に自分のことよりもまず他者、そして地球環境を想っていること。
ある国は物に溢れサービスの質が高いのに、幸福度が高くない。ある国は不便なのに幸福度が高い。
そんな違いが出る理由はなんだろうと考えたら、周りに対する優しさを持った人がどのくらいいるかということかのかもしれません。だからこの国の人はハッピーで優しいのかもしれません。
最後に最近の彼女からのメールにあった1文を。
Keeping life simple and loving and letting go.